それは英語学校の秋学期がはじまる一週間ほど前のことだった。
夜中にいきなりニューヨークからコレクトコールが入った。
けれどもニューヨークにはひとりも知り合いがいない。
なにかのまちがいかと思ったが、電話交換手から依頼者の名前を聞き、すぐにそのコレクトコールを受けることにした。
松ちゃん、からだった。
わたしより3歳年上で、カリフォルニア大学バークレー校附属の英語学校で知り合いになった。
大阪人(おおさかじん)だ。
趣味はディスコで踊ることだと言っていた。
サラリーマンをしていたのだけれども、親が経営する店を継(つ)がなくてはならなくなり、会社をやめて店を継ぐかわりに、その交換条件として彼の夢だったアメリカ語学留学をさせてもらっていると話してくれた。
松ちゃんは緒斗(おと)からホラーストーリーを聞くのが好きだった。
「ものすごく怖いけれど、どうしても聞かずにはいられないんだよね」というのが彼の口ぐせだった。
そのようなわけで、松ちゃんは、ひと月に1度か2度、ホラーストーリーを聞くためだけに、わたしたちのアパートをおとずれるようになった。
たいてい2、3人の男友だちを連れていて、全員がバドワイザーやミラーやクアーズやハイネケンなどのビールをさげていた。
恐怖の道連れにするためだったのだろう。
緒斗の話を聞いていると、頭のなかに恐怖映画の場面が鮮明に浮かんでくるらしく、しかも、みずから想像するせいで「その恐怖がいっそう倍増するんだよね」と言っていた。
そのせいなのか、青ざめたこわばった表情で「ちょっとトイレに行きたいんだけど」と言っては、たびたび話を中断させるのだった。
すると彼の友だちまでもが「ぼくもぼくも」と手をあげはじめ、そのうち男性たちはみんな立ちあがって、せまいアパートメントの中なのに、ぞろぞろと連れだって寝室の奥にあるバスルームの扉の前にならぶのだ。
緒斗は「あれが〈連れション〉てやつだよ」と教えてくれた。
そんなトイレ休憩(bio-break)、もしくはトイレ・インターミッション、が終わるのを待って、緒斗はまたすぐさま話を続ける。
わたしはそんな緒斗を横目で見ては(彼にはちょっとサディスティックなところがあるのでは?)と感じていた自分の印象の正しさを、あらためて認めないではいられなかった。
「怖いからもうやめて」と言うと、かすかなほほえみを浮かべて、「うん、わかった。じゃあ、そこんところは飛ばそう」と言い、それよりもさらに恐ろしい場面を語りはじめるのだから。
細部の描写にこだわる彼は、そのホラー映画を、身ぶり手ぶり、ときには効果音やBGMまでまじえて、場面ごとに再現しようとするのだった。
「彼のマニアックな記憶力そのものがオカルトじみてて恐ろしい」というのが松ちゃんの評価だった。
たとえばオカルト映画の古典といわれている『エクソシスト』は2時間あまりの映画だったはずだけれども、彼の創作ともおもえるサイドストーリーがつけ加えられるせいで、ラストシーンに到達するのに、ほとんど4時間を要した。
しかも緒斗がその映画をみたのは、英国のブライトンで家庭滞在をしていたころ、週末になるたびにひとりでロンドンへ出かけて、裏通りにある安ホテルに泊まっては夜遊びをしていたときだったという。
1973年のことだ。
つまり松ちゃんたちに語っていたのは映画を観てから7年後だったのだ。
1973年の当時、ロンドンのウエストエンドという地区にあった映画館でロードショー公開されていたらしい。
オペラハウスのように豪華な映画館だったと話してくれたことがある。
その映画館の前に2、3台の救急車が待機していたのだそうだ。
何人もの観客が失神したり嘔吐したりして、そのたびに映画は中断され、照明がついて、気分が悪くなった人々がぞくぞくとタンカで運ばれていくのを、その目で見たという。
わたしはニューヨークからのコレクトコールを受けるなり、不安にかられて受話器をきつくにぎりしめていた。
「ねぇ松ちゃん、なにか大変なことでも起きたの?」
「あのさ、いま、ニューヨークにいるんだけど、ついに『エクソシスト』を観たんだよね。ホテルのすぐ近くの映画館でやってたから」
「なんだ、そんなこと? おめでとう。で、どうだった?」
「なんか、たいしたことなかった。緒斗さんの話のほうがぜんぜん怖かったよ」
「え? そうなの?」
「なんて言うか、もう、おなじものを何回も観たあとみたいな感じでさ」
「ふうん……ふしぎね」
「で、そのあと、映画館を出てボケ~っと歩いてたら、向こうから筋骨隆々って感じの黒人が3人、横ならびにこちらへ向かってくるんだよね。ど真ん中にでっかいラジカセを肩にかついでる巨漢がいてさぁ。どうしよう、ヤバいなぁ、て感じになってきて。そのとき、オレ、そいつとぐうぜん目が合っちゃったわけ。すると、そいつらが、オレの行手をふさぐみたいな感じで、歩道にひろがって立ちはだかったわけ。オレ、本気でビビっちゃってさ。女性にこんなこと話すの、はずかしいけど、も、ほんとうに漏らしそうになって。あ〜あ、こんな時間に映画なんか観に来るんじゃなかった、みたいに後悔しはじめたんだよね」
「まさか、ホールドアップさせられたの? お金とか、パスポートとか、ぜんぶ、とられちゃったとかではないでしょ? 松ちゃんがコレクトコールだなんて」
「いやいや、だいじょうぶ。そういうのとは、ぜんぜん、違うんだよね。その、でっかい図体のヤツが、ラジカセを地面において、こう言ったんだ。『なぁ、一緒に踊らないか?』だって。おれ、『え? 踊るって……ダンスしようってこと?』って聞きなおしたんだよね。そしたらいきなりラジカセのボタンをガチャって押しこんでさ」
「わ、ステキじゃない。で、彼らといっしょにストリートでダンスしたの?」
「そういうこと。ビクついてた状態から、こんどは、いきなり、うれしさいっぱいの状態になっちゃって。もう、無我夢中になって踊ってたら、いつのまにか色んな人種の人たちに囲まれてて。しかも拍手喝采をうけたんだよね。すぐに報告したくなって電話ボックスにはいったんだけど、あいにくなことに、小銭があんまりなくてさ。悪いとは思ったんだけど、けっきょくコレクトコールにしたってわけ。ね、おれがニューヨークからバークレーにもどったら、また、いっしょにディスコに行こうよ」
松ちゃんとはサンフランシスコにあるナイトクラブ『スタジオウエスト』に踊りにいったことが何度かあった。
「ね、でも、その3人の黒人の人たち、どうして松ちゃんがダンス好きだってわかったのかなぁ。東洋人でダンスが好きな人ってあんまりいないって思われてるような印象だけど」
そうたずねると、ほんのすこしの沈黙のあと「ほんと……不思議だよねぇ」と、ほんとうにふしぎそうな声で答えた。
1980年 秋 / バークレー
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