ナパのダウンタウンにUPTOWNという古い映画館があって、その隣にサルベーションアーミー(救世軍)のスリフトストア(中古品特価販売店)があった。
白髪の老婆がレジを守っているだけのだだっ広い店内にはありとあらゆる古物(こぶつ)があった。
モノにあふれたその店内は湿ったカビ臭い空気で澱(よど)んでいた。
整頓されているわけではなかったので、店に足をふみいれた時点から宝探しをしなければいけないような気持ちにさせられた。
わたしはハンガーにかけられた古着をざっと見たあと、SOLD(売約済)のソファに座って、15セントというほとんど無料に近い値段をつけられたペーパーバックをめくり始めた。
ロマンス小説だった。
その黄ばんだ本には各所に赤鉛筆でアンダーラインが引かれていた。
しばらくページをめくっていて気がついたことは、かならず数をあらわす言葉にアンダーラインが引かれているということだった。読んでいくうちに、たぶん、それらは登場人物の女性が身につけているネックレスの真珠の数ではないかということがわかってきた。
真珠の数によほどこだわりのある読者だったのだろうか?
それとも、作家も編集者も見逃してしまった、この章ごとにかわっていく真珠の数のまちがいを、どうしても指摘せずにはいられなかったのだろうか?
わたしは売約済のソファに腰かけたまま悩みはじめた。
そもそも、この作家自身が、かなり数にこだわりのある人だったようだ。
ふつうは『真珠のネックレス』ですませるところを、どうしていちいちその真珠の数まで記したかったのだろうか?
もともと、ミステリー小説のように、このネックレスの真珠の数のちがいが殺人事件を解く鍵になるような物語ではないことはバックカバーの宣伝文(blurb)でわかっていたので、不可思議でならなかった。
もし、それほどのこだわりをもたなかったら、章ごとに増えたり減ったりする真珠の数のまちがいを犯すことにもならなかったのに……。
私は、そのあと、非売品のコーヒーテーブルに置かれていたカードを手にとった。
花柄の表紙で、10ドルの値札がついていた。
古いものらしく、カードそのものは黄ばんでいたけれども、あきらかに未使用のカードに見えたので、開いてみると、なんと万年筆で書かれた手書きのメッセージがあった。
女性から男性へ当てたもので『1943年』という数字を目にしておどろいたことをおぼえている。
第2次世界大戦中に書かれたものだ。
戦場にいる恋人に宛てたカードなのだろうか。
GODとLOVEいう言葉がいくつも書かれていた。
それにしてもどうして読まれたあとすらないのだろう。
どうしてこの40年も前の戦争中に書かれたカードに10ドルもの値段がついているのか見当がつかなかった。
店内にある他の品物とくらべたときに、販売価格を決めるときの基準がどこにあるのかわからなかった。
『救世軍』の大義名分によるものだったのだろうか、それともこのスリフトストアを運営している老いた女性たちの思い出が、その値段をつけさせたのだろうか。
1982年 春 / ナパ
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