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  • 執筆者の写真香月葉子

さよならレターで断捨離を

更新日:2023年9月18日


 去年の秋口に、タートルネックのトップスをすてました。

 アボカド色(avocado green)でした。

 とても気にいっていて、ながいあいだ親しんできた服を手ばなすときは、かなしいものです。

大好物のアボカド。色も味も深くて。

 だからといって、ほつれができたり、色落ちしたり、形がくずれてしまっては、もうどうしようもありませんので、そのうち、どうしてもあきらめなければいけない日がやってきます。


 そっくりおなじものを2着手にいれておいて、かわるがわる着ることで、どちらも長くつかえるようにと考えたこともありました。けれども、クローゼットのなかに、ずらりとおなじ色とおなじ形のスーツをそろえていたというジョン・ロックフェラーの逸話(いつわ)を耳にしたあと、よほどいそがしい人でもなければ、服をえらぶためのひとときを、彼のように「時間と労力のムダだ」とにべもなく言ってしまっては、女のたのしみのひとつをあきらめてしまうのと変わりはなく、わたしにはとてもできそうにないことだと気がつきました。


 それに、とても気にいった服というのは、なかなかおなじものを見つけられないからこそ、いっそう、もうこれしかない、と思いこんでしまうことがたびたびのものでしょうから。


 とっかえひっかえできるものは、しょせん、たやすくあきらめることができるし、すて去るときにも、それほど心に痛みを感じずにすむようなものです。

 とくに、どれもこれもがそっくり同じものであったとしたら、なおさら冷酷に切りすてることができるのではないでしょうか。

 だからこそモノとヒトとのあつかいにはちがいが出てくるはずなのです。

 そう信じています。

だって、この世界に〈あなた〉もしくは〈わたし〉とそっくり同じヒトは、どこにもいないのですから。

 お花だってそうです。

 たとえば、オランダのチューリップ畑を埋めつくしているのは、科学者の方たちが実験室で交配させてつくりだしてきたチューリップなのだそうです。しかも、その形と色をととのえるために、何百年もかけてつくりだしてきたものらしいのです。オランダはそのチューリップの球根を1年間に10億5千万個も世界中に輸出している国なのですが、その球根からそだつチューリップは、たとえ見た目はそっくりでも、それぞれのDNAにはかならずどこかにちがいがあるのだそうです。

ところで、ぐずぐずと時間をかけて服をえらぶのは、ほんとうにたのしいものですね。

 ぜいたくのひとつかもしれません。

 ただ、ひとつ困ったことに、そういうときにかぎって、だれか大切な方との待ちあわせがあるものです。

 いえ、待ちあわせがあるからこそ、どれにしようかと、いっそう迷ってしまうものなのでしょう。

 だからといって、精神分析学の先生がおっしゃるように「ほんとうは行きたくない会いたくないという気持ちがかくれているからこそ、わざと約束の時間におくれそうなことばかりするのです」などと思ったりはしません。

 じつは、悩んで迷ってじだんだ踏むことも、やはり、たのしみのひとつだと考えているからです。


 そういえば、ずいぶん昔から、わざわざ色落ちさせたものや、ほつれさせたものや、型くずれさせたものや、穴や裂け目まであるようなものはありました。

 とくにジーンズはそうでした。1980年代にはひざのあたりが裂けたもの、いたるところに穴のあいたもの、などが流行していました。お店で目にしたときには、もう、最初からそんなふうにできあがっていたのです。

身につけただけで反抗児になったかのように錯覚させてくれる、ヤンチャで可愛らしいジーンズでした。

 当時は80年代という時代に特有な流行(fashion)になるとはおもえませんでした。時代のなかの一時的な流行り(trend)というよりは、それよりもさらにみじかいつかのまの流行(fad)だとおもっていて、わたしも楽しんでいました。

 ところが、それからもなんどか、またあの穴あきジーンズの流行を見かけることが多くなって、ちかごろでは、もしかしたらこれは定番(classic)になるのではとおもったりもしています。


1980sに大流行したリップド・ジーンズ ripped Jeans

 でも、やはり、はじめからそんなふうに作られたものではなくて、じっさいに自分の肌にふれて体温を吸いながら、時とともに、ひそやかに変化してきた服というのは、どうしようもなく愛着がわいてくるものでしょう。

 着ていることを忘れてしまうほどに離れがたく感じさせてくれるものかもしれません。


 はじめてデートしたときに着ていた服。

 友だちと数年ぶりに映画館へ足をはこんだときに着ていた服。

 あのひとに夜のドライブにさそわれたときに着ていた服。

想い出の糸は前後左右にもつれ、時とともに記憶のりんかくはくずれ、そのときに感じていたはずの、あのあざやかな心の色合いですら、知らないうちにあせてしまうのは、どうしたってしかたのないことです。

 でも、ぐうぜんクローゼットの奥に見つけた服のおかげで、そのときのあなたが感じていた、あのあざやかな心模様(state of mind)がよみがえってくることだってあるかもしれません。

 そんな大切な服とお別れをするときは、メモ用紙のようなものに「ありがとう。お世話になりました」と、ほんのひとこと記(しる)して、ほんのしばらくのあいだ、たたんだ服に忍ばせておくと、気持ちがやすらぐかもしれません。

 たとえその日がやってきてもおだやかな気持ちでお別れができるかもしれません。

 お試しになってはいかがでしょうか?







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