ついさきごろ、親しくしている方からメープルシロップをいただきました。
糖分がいっぱいつまった〈おいしい麻薬〉のひとつです。
うれしくて裏のラベルのすみずみにまで目をとおしてたのしみました
メープルシロップにもいろいろあるようです。亜麻色(あまいろ)のものからキャラメル色、それに濃い栗色のものまで、さまざまで、びんを陽ざしにむけてみますと、ほんとうにうつくしい深い光に変わります。
いただいたものは三種類がひとそろいになっているものでした。キャラメル色のものからいただくことにしました。開封して鼻をちかづけるとメープルの香りがとてもステキです。
樹液の香りがします。自然からうまれた香りですから、とても自然に体がうけいれてくれます
じつは、サンフランシスコの対岸にひろがるマリン郡にミュアウッズと呼ばれる国定公園があるのですけれど、大木ばかりがならぶ鬱蒼(うっそう)とした森のなかを散歩したときの、あの濃い空気の香りをおもいださせてもくれました。
ミュアウッズの森のなかには、樹齢が1000年をこえるようなレッドウッドもあって、わたしをおどろかせてくれました。
顔をあげると、太陽の光が、樹々のすきまから、まるでゴシック建築の大聖堂の高い天蓋(てんがい)からさしこんでくる剣のような光をおもいおこさせ、ひっそりと湿った樹皮と、しっとりと湿った地面をおおっているシダ類やコケ類からたちのぼる香りは、都会の喧騒(けんそう)に疲れた心をしずかに清めてくれるようでした。
ところで、メープルシロップをいただいてありがたいのは、これでしばらく菓子パンを買わなくても良いとおもえることです。
パンさえあればお家で菓子パンがつくれます。しかも10分とかかりません。パンにしても、バゲットやバタールなどはもちろんのこと、フォルコンブロートでも、コンビニエンスストアで手にはいる食パンでも、また石のように固いベーグルでも、ちっともかまいません。
バタやマーガリンをぬって、その上にメープルを薄くひろげて、あとは焼くだけです。
マーガリンも、いまでは、トランス脂肪酸でつくられているものではなくて、豆乳からつくられたものなど、体にやさしい製品もさまざまありますので、安心して、ついつい多めにぬりつけてしまいます。
さっぱりしたお味が好みなのでしたら、バタやマーガリンのかわりに、オリーブオイルやグレープシードオイルで、うっすらと生地を湿らせるのも良いかもしれません。
あとは焼きあがるのを待つだけ。
ところでヒトという生き物は油と砂糖のくみあわせが大好きです。
学者さんのお話では、どうもそれは生理的なものらしくて、油や砂糖が、オピオイドのように鎮痛・陶酔作用をおよぼすのではないかというところまで研究がすすんでいるようです。
まさに〈おいしい麻薬〉そのものです。
こまかい成分の仕組みや、ふくざつな化学のことはわかりませんが、オピオイドというものは、うんと昔では中国のアヘン戦争、そしてふたつの世界大戦と、それからあとのさまざまな戦争で、傷ついた兵隊さんの痛みをやわらげるためにつかわれたモルヒネにもかかわっているようで、中毒性のあるものだということだけは理解できます。
もしそうであるなら、脂肪分たっぷりの甘い食べ物には、とうぜん中毒性があるのでしょうし、そうなると、わたしのように、なんにでもすぐに中毒して、くりかえしおなじものが欲しくなってしまうタイプの人間には、とうてい勝ち目はありません。
さて、こんなお話をしているうちに、もう焼けたようです。
おいしそうな焦げ目のついたパンの表に、メープルシロップがひっそりと淡い光沢を放っています。
でも、うつくしい照りのある、このまろやかな甘さを味わうまえに、ほんのすこしのあいだ、焼かれたあとのメープルの香りをたのしんでみることをおすすめします。
きっと、びんの口からたちのぼってきたときの香りとはまたちがう、この深い香りにお気づきになったのではないでしょうか。
もしかしたら、目をとじたあなたのまぶたの裏に、あなたの思い出のなかの森があらわれるかもしれません。
では、そろそろ、紅茶など、お飲みになりませんか?
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