2022年がもたらしたもの
もしかしたら、2022年は、ほんとうに記憶に残る年だったのかもしれません。
いえ、記憶しておかなければいけない年だったのかもしれません。
夏には画像生成AIが Tweeter や TikTok で話題になりました。また、11月30日には ChatGPT が公開されて、わずか1週間で100万人、ひと月で1億人のユーザーを獲得したというニュースは、いまでもはっきりおぼえています。
TikTok や Instagram が1億人のユーザーを得るのにかかった時間は TikTok が9ヶ月、Instagram は2年半だったということです。
Facebook はさらに長くて、4年半の年月を要したらしいのです。
日々の生活にはさほど関係のないとおもわれるIT業界の〈エコシステム〉内で、ある「革命」が起こっていたのはまちがいありません。
IT業界だけではなく、あらゆる業界のエコシステムに大きな変革をもたらすのが AI(人工知能)だ、と騒がれていたのをおぼえています。
ところが、わたしには、まず、この〈エコシステム:ecosystem〉ということばがわかりませんでした。
生物学でつかわれている〈生態系〉ということばと、コンピュータとネットワークを利用した技術全体を指すような IT(Information Technology)業界とが、どこでどうつながるのかわからなかったのです。
すでに、この〈エコシステム〉ということばは、ビジネス界での新たな流行語(バズワード:buzzword)になっていました。
米国や英国などのビジネスニュース番組ではさかんに使われていて、解説者たちが口をそろえて「エコシステム、エコシステム」と唱えているのを見ることができます。
その意味はChatGPTなどでお確かめになったらよいかとおもいます。
わたしもさっそく質問のプロンプトを入力してみました。
けれども、出力された計算結果(解答)を読むと、ますます頭が混乱してしまいました。
経済学には音痴で、お金とは縁遠いわたしです。
いまだに〈文学〉という化石をいじくっているくらいですから。
ただ、いちおう、わたしなりに理解したところでは、『ビジネスエコシステム(business ecosystem)』とは「ある特定の業界における資本循環の構造とそれを支えているシステム全体のこと」みたいなもののようです。
たとえば、お寺や神社などにある〈ため池〉にしても、さまざまな藻や水草やプランクトンがいますし、タガメなどの水生昆虫もいます。それにくわえてカエルなどの両生類、そしてメダカや鯉やトンボにいたるまで、それぞれの生き物がそれぞれの特性を生かしながら共存共栄することで、その〈ため池〉というひとつの生態系を維持しています。
これと同じような見方をビジネスの世界にあてはめたのが〈ビジネスエコシステム〉という新語のようです。
AI関連のニュースが消してしまったもの
ところで、2023年に入って、AI(人工知能)関連のニュースがおどろくほど増えてきたのをおぼえています。
テレビや新聞などのメジャーなニュース・メディアだけではなく、YouTube や Podcastや Blog をはじめとするソーシャルメディアにおいても、AI(人工知能)関連の話題でもちきりです。
このメディア・サーカス media circus(マスコミの大騒ぎ)によって一瞬のうちにかき消されてしまった話題がいくつかあります。
ひとつはコロナ騒動にかかわるものです。
昨年の夏あたりから、全世界をおおいつくしたコロナ騒動の火つけ役であり、また同時にお目付役でもあった米国の政府機関のひとつCDC(疾病管理予防センター)と巨大製薬会社(とくにファイザー)との癒着(ゆちゃく)からくる責任問題が、米国の上院委員会の公聴会などで追求されていたのをおぼえています。
もうひとつはロシア・ウクライナ戦争によって引きおこされた輸入制限などの経済制裁によって、欧州をふくめた米国の同盟国では、冬の暖房や夏の冷房を大幅におさえなければいけないほどの石油と天然ガスの不足と、原油価格の高騰によるインフレーションなどが、ひとびとの日々の生活に暗い影を落としています。
もちろん、わたしにとっても、それは他人事ではありません。
また、2023年5月16日までに、ウクライナの全国民4,497万人のうちの20%にあたる824万人もの人々が西ヨーロッパへ移動して難民化しているというニュースが出てきた矢先でもありました。
そしてもうひとつの大きな話題は、アメリカ合衆国そのものが債務不履行(デフォルト)におちいって経済的に破綻する可能性が強まっているというものでした。
これらのすべてが「現実」ではなかったかのようにパッと消えてしまった感じがしています。
ほんとうにシャボン玉のようでした。
たとえば、もし、昨日までじっさいにパリにいて、街路を埋めつくしたデモを目撃してきたのにもかかわらず、日本にもどってきたら、どこにもそのニュースすら見つからなかったとしたら、「巨大な陰謀に巻き込まれてしまった」系のハリウッド映画でよくあるように、わたしたちは自分が見ていたものが現実なのか幻想なのか区別がつかなくなってしまうかもしれません。
映画のなかの主人公とおなじように、自分の頭のほうがどこかおかしくなってしまったのでは、と悩んでしまうのにちがいありません。
現実だとおもっていたあの出来事は、ほんとうは、ただの妄想だったのかもしれない、と。
AIに関するアメリカのメディア・サーカス
いまはとにかく、メディアの地平のどこへ目を向けても、AIの話題ばかりになってしまいました。
今年2023年のはじめから、米国のマスコミで騒がれていたのは、ほとんどが次のような話題です。(なお、これらは、OpenAI とペンシルベニア大学の調査結果、およびゴールドマン・サックスの調査などのミキシング結果です)
① AIはひとびとの生活に産業革命以上の影響をあたえるでしょう。
② ブルーカラー(肉体労働者)ではなくホワイトカラー(知的労働者)の方々が淘汰(とうた)される時代の幕開けなのかもしれません。
③ ある特定の技術や知識を得るための習得期間が長くかかる職業であればあるほど、AIによるインパクトをもっとも大きく受けるからです。
④ つまり、より高い学歴を必要としてきた職業、もしくは高給を得ることのできた職業が、これからはAIに取って代わられるでしょう。
⑤ 事務などのデスクワークは言うまでもありませんが、たとえば司法書士、税理士、公認会計士、弁護士などの専門職(プロフェッショナル)の方たちとそのアシスタントの方たちもふくまれます。
⑥ また、テクニカルライターやジャーナリストなどにくわえて、いままではクリエイティヴだとされてきたデザイナやイラストレータや脚本家、そして作曲家や音楽家までもが、すでにAIによる影響を受けはじめています。
⑦ 逆に、学ぶ期間が短くてすむ接客業や体を使うアルバイトなど、専門の知識を必要としない単純労働に従事している方たちのほうが安全かもしれません。
⑧ また、複雑な手作業を必要とするエンジニアや配管工や土木関連の仕事は、まだ淘汰(とうた)されにくいと考えられます。
子供のころに教科書で学んだ「ラッダイト運動」をおぼえておられるでしょうか。19世紀の英国で起こった産業革命によって職を失った手工業職人の方たちによる機械破壊運動のことでした。
石炭だけではなく、石油という化石燃料を発見したことで、動力機械による生産技術と輸送技術は20世紀にはいってさらに進化しました。
また、そのような技術の進歩によって生産工程はつぎからつぎへと自動化されていきました。
ヴォルター・ベンヤミンのいう「大量生産 / 消費の時代」に入ったのです。
それはまた、近ごろ流行語ともなっている「包摂」(ほうせつ)ということばを使わせていただくなら、「労働(技術)の実質的包摂の結果」とも言い換えることができます。
そのせいで、ますますブルーカラー(肉体労働者)の方たちの職が奪われてきたのです。
たとえば、1960年代初頭まで、米国の自動車産業の中枢部だったデトロイト(モーターシティ)は、『アメリカで最高にリッチな街(the richest city in America)』と呼ばれていました。
けれども、自動車製造工場の自動化がすすんだだけではなく、ジェネラル・モーターズやフォードやクライスラーなどの自動車メーカーは、より安い労働力を求めて海外に工場を移転しはじめたため、国内の労働者を必要としなくなりました。
そのため、多くのブルーカラーの方たちが失業し、デトロイトを去っていったのです。
市の税収は減り、財政破綻したデトロイトは、まさにSF映画『ロボカップ』(1987年)に描かれていたとおりの廃墟の街と化してしまいました。
都市の自治体そのものがこわれてしまっているので、デトロイトのどこかで火事が発生しても消防車はきません。
ですから、家は灰になるまで燃えつづけ、アパートは部屋が真っ黒になるまで炎につつまれ、自然鎮火(しぜんちんか)するまで、その状態がつづくのだそうです。
また、保健所もつぶれてしまっているので、野犬の群れに襲われて死亡する子供たちが後を絶たないというような、ほとんど想像を絶するひどいありさまです。
州や市そのものが経済破綻してしまったら、いったいどんなことが起こるのかという最悪の例がデトロイトだとみなされているようです。
ブルーカラー(肉体労働者)の方々のほとんどはデトロイト市を捨て、職をもとめて他の州へ移動していきました。
残っている市民の数はわずかです。
それが21世紀のここにきて、こんどはホワイトカラー(知的労働者)と呼ばれる人々の仕事までもが自動化される時代が来たのだと騒がれています。
つまり、さきほどの「包摂」(ほうせつ)という流行語を使わせていただくと、AIによる「労働(知識)の実質的包摂の結果」によって「インテリゲンシア」と呼ばれる階級に属しておられる方たちの職が消えてゆく時代に入ったと言われています。
高い給与を支払わなければいけない社員(知的労働者)を削ってコストを減らすことで、現在のアメリカ型の『株主資本主義』の場合でしたら、たとえ実益はともなっていなくても、企業(コーポレーション)の株価を上げることができるようです。
すると、そのぶん、重役や幹部社員の方たちは、よりいっそう自分たちへの賞与(株式報酬)を増やすことができます。
なぜなら、重役や幹部社員の方たちのボーナスを増やすか減らすかを判断して執行することのできる人々、つまり、彼らの上にいる経営陣や取締役会の役員の方たち(ボーディング・メンバー)自身が、彼らに社員のリストラをさせることで自らの賞与(株式報酬)を増やすことができるからなのだそうです。
なぜかといえば、その経営陣や役員の方たちの、またさらに上にいる人々、つまり、その企業の所有者 / 株主(オーナー / ストックホルダー)たちに利益(配当金)をもたらすための意向を実行したのが、まさに経営陣や役員の方たちなのですから。
けれども、その所有者 / 株主(オーナー / ストックホルダー)たちもまた、彼らに資金援助をすることで『見返りの利益(配当金)』を得ている大口投資家(機関投資家 フィナンシア) / 出資者(インヴェスタ / ステークホルダー:各国の私立銀行や中央銀行の株主 / 出資者もふくめて)の方たちの意図をくみとって、それを実行しなければいけないことはあるでしょう。
そして、もとはといえば、この食物連鎖の頂点、つまり富のピラミッドの頂点におられる方たちが、この企業の人員削減(コスト削減)の姿勢を評価して投資をするからこそ、はじめに説明させてもらったように、じっさいの利益を生み出していないのにもかかわらず、この企業の株価があがるという流れになるようです。
手品みたいですね。
そして「このような経済システムのなかでは、他企業との競争に打ち勝つために、とうぜんコスト削減をしなければならない」という『合意をうながすための理由づけ』(ナラティヴ)によって、大胆なリストラ(レイオフ)が推し進められる可能性が高まるのではないかと考えられています。
また、「ビジネスのデジタル化において他国に遅れをとっているわが国が、なんとか生き残るためには、いま以上に、ホワイトカラーの労働における効率と生産性をあげなければいけないし、そのためには、とうぜんAIによる知的工程の自動化を推進しなければいけない」という伏線(プロット)によって、「大胆なリストラもやむを得ない」という『合意をうながすための筋書き』(ナラティヴ)が作られていくのでは、と説明する経済評論家の方たちの声もあちらこちらで耳にします。
つまり大手メディアを通して流れてくる情報は、そのほとんどが支配層(ruling class)によって作られた『台本』(ナラティヴ)でしかないらしいのです。
ほかのエッセイでも書いたおぼえがありますけれど、忘れてはいけないことがひとつだけあります。
『ヒトから職を奪うのは AI ではありません、あくまでも、会社の持ち主とその経営にかかわっているほんのひとにぎりの方々の、意思決定によるものなのです』
さきほど説明させてもらったのですけれど、会社 / 企業(コーポレーション)などにみられるピラミッド型組織図のなかでの指揮命令系統を思い出していただき、こんどはそのいちばん上の所有者 /株主の方から、いちばん底の一般社員の方へとおりていってみてください。
そうすれば「意思決定」の情報が、組織のなかをどのように流れ落ちていくのかが鮮明に見えてくるかもしれません。
つまり、いま説明させてもらった経済の仕組みからすると、知識と情報処理にもとづくデスクワークは消えていくけれども、現場でのフィールドワーク、肉体労働、接客業、そして手作業の必要な仕事だけは、まだしばらくのあいだ残るでしょう、ということらしいのです。
でも、けっして悲観的に考えるべきではない、という意見も強まっています。
クラスの上下がなくなって、全人類の資産(アセット)の7割以上を保有しているといわれる1%の方々をのぞく、残りのすべてのひとびとが、ミドルクラスからちょっと下あたりの生活を送れるようになるかもしれない、という意味で、この AI の導入は世の中の「不公平」を経済的に「公平化」することにもなるのでは、という意見が、2023年5月に入ってからは、ずいぶんと目立つようになってきました。
けれども、体を使う仕事も、そのうち『Boston Dynamics』の Atlas(アトラス)や『Tesla』の Optimus(オプティマス)をさらに進化させたロボットに取って代わられることになるだろうから、けっきょく「人間にはすることがなくなる」のでは、という結論を出す評論家や解説者も多いようです。
また、それとは逆に、「ラッダイト運動」後の歴史を見たらわかるように、消えていく職業があるいっぽうで、AIの導入によってもたらされる新しい職業も生まれるだろうから、けっきょく社会にとっては良いことづくめなのだ、という意見もちらほらと見かけることがあります。
とは言っても、現在のAIの進化速度からすると、あと数年でかなりの職業がこの地上から消えてしまうのは避けられない、しかも消えた職種は2度ともどってこない、という意見が大多数を占めているのもたしかです。
ですから、国民全員が一律に国から一定額のお金を定期的かつ継続的に受け取れるUBI(ベーシックインカム:Universal Basic Income)という基本所得保障についても真剣に議論されるようになってきたようです。
でも、たぶん、このAIの話題の震源地(epicenter)から遠く離れた場所にいる方たちからしてみると、これらすべてが『メディア・サーカス(マスコミの大騒ぎ)』にしか見えないのかもしれません。
そして、その方たちがごらんになったら、このわたしもそんなメディアの楽隊(bandwagon)に加わって踊らされているひとりなのかもしれません。
AI関連の話題の中心にいる人物たち
AI(人工知能)に関しては、とくに3人の方たちが、いまマスコミの寵児(メディア・ダーリン)になっているようです。
たとえば「Tesla」のイーロン・マスクや「ChatGPT」のサミュエル・アルトマン、そして今年の4月に「Google」を辞めた「AIのゴッドファーザー(The Godfather of AI)」と呼ばれるジェフリー・ヒントンの御三家です。
ただし、今回はイーロン・マスクだけをあつかっています。
ほんのひと月前、4月17日に、元Foxニュースのゲスト司会者タッカー・カールソンのイーロン・マスクへのインタビューがあり、このなかでマスクはAIについて、わたしたち視聴者をおびえさせるような警告を発しました。
ところで、このすぐ1週間後の4月24日月曜日には、その司会者タッカー・カールソンのショーがとつぜん消え去るという大事件が起きました。
彼はジョー・ローガン(Joe Rogan)のポッドキャストをしのぐ、ひと晩で300万を超える視聴者数を誇る全米NO1のニュースキャスターです。
そんなタッカー・カールソンの番組が FOXニュースメディア(Fox News Media) によって、とつぜん停止させられ、彼は現在、事実上、辞職したことになっています。
米国のメジャーなネットワークの ABC、CBS、NBC、MSNBC は、現在のバイデン政権、つまり民主党(デモクラット)側の意向を伝えるためのメディアなのですけれど、Fox News は共和党(リパブリカン)側の意向を伝えるためのメディアで、群を抜いてトップの視聴率を誇るニュースメディアです。
これらすべての大手ニュースメディアが、それぞれの政治的立場にかかわりなく、口をそろえてワクチン接種の必要性と義務づけを強調していたとき、たったひとり、タッカー・カールソンだけが、共和党の政策をサポートするための Fox News に属しているのにもかかわらず、コロナワクチンがもたらす副作用の問題をとりあげていました。
また、Fox News をふくむすべての大手ニュースメディアが、米国国防総省(ペンタゴン)やアメリカ中央情報局(CIA)から招かれた解説者たちの「ウクライナの人々を救うためにはいま以上に武器と資金の援助をつづけなければいけないし、ロシアを倒すまで戦争を終えるわけにはいかない」という意見にこぞって賛成の意をあらわしているときに、「ウクライナの人々を救わなければいけないと言いながら、彼らの国を経済破綻させ、国民の命を奪う戦争をつづけなければいけないという意見は矛盾している。できるかぎり早く和平交渉をすすめるべきだ」と異を唱えたことで、ロシア側の意見を売ろうとしている〈非国民〉で〈売国奴〉だ、と呼ばれただけではなく、ウクライナ戦争で巨万の富を得ている母国アメリカの軍産複合体(Military-industrial Complex)への批判をはじめたために、「タッカー・カールソンはロシアのスパイだ(Russian asset and spy)」とまで言われていました。
そして、2021年に米国で起こったアメリカ合衆国議会議事堂襲撃事件に関して、デモに参加した人々のなかにまじって多くの連邦捜査局(FBI)の秘密捜査官(under cover)がまじっており、彼らが「いまからみんなで議事堂に突入しよう」とデモに参加していた人々をたきつけて法を犯させようとした元凶(げんきょう)なのだ、という疑問点を深堀りしたのもタッカー・カールソンだけでした。
そのために首を切られたのでは、という意見が、いまでは、大多数を占めています。
【注】現在、2023年5月28日の時点で、当時、デモに参加していた人々のなかには、70人から100人前後の FBI捜査官がまじっていたことが、アメリカ合衆国議会の公聴会において、現FBI捜査官たちの証言によって判明しています。
さて、その後、タッカー・カールソンが去ったあとの「Fox News」は、予想をはるかに超える視聴率の低迷におちいり、長いあいだ視聴率低迷に悩みつづけていた民主党側のメディア「MSNBC」と同レベルにまで収益がおちこんでいる、とブルームバーグ経済ニュースは伝えています。
当のタッカー・カールソンは、元Fox Newsに勤めていたスタッフをみずから率いて、現在 X(旧Twitter)で「だれの監視も受けず、だれからの指示も受けず、自分が興味のある問題を自分自身で調査して、自分が思ったところを自分が思ったように発言する」という立場でニュース番組の動画を発信しています。
初回ですら、わずか10時間ほどで80万回の再生数をあげ、Fox News に在籍していたころを凌ぐパフォーマンスだと言われていて、有名なYouTuberの方たちからは「いよいよ本格的に主流メディア(mainstream media)が終わるのではないか」という意見すら出ているようです。
イーロン・マスクについて
「ぼくは学生時代からずっと人工知能について考えつづけてきた人間のひとりです」ということばからはじまるタッカー・カールソンとのインタビューで、イーロン・マスクはつぎのように語りはじめます。
「人工知能の登場はわたしたちの未来に多大な影響をもたらします。ヒトはチンパンジーほどの腕力も敏捷さも持ちあわせていませんが、彼らよりも賢いおかげで、この地球上では支配者の役割を担ってきました。でも、わたしたちヒトよりもはるかに賢い人工知能というシリコンで作られた知性が現れたらどうなるのでしょう。とくに〈シンギュラリティ〉が現れたらどうなるのか、そのあとのことはまったく予測がつきません」
ただ、イーロン・マスクという方は、ほかのインタビューを見ても、おおまかに全体をながめた上での様相を述べるだけで、専門家のあいだで論議を引き起こす可能性があるような具体的(specific)なことには、それほど触れません。
そのぶん、わたしのような一般人にもわかるように話してくれます。
電気自動車会社のテスラだけではなくて、スペースX や X Corp. それぞれの最高経営責任者(CEO)を兼任している方ですから、株主や投資家や出資者の方たちにたいする責任もありますし、それはしかたのないことなのかもしれません。
Twitter や Tiktok や Instagram などで話題になりそうな問題を取りあげることに関しては、とてもすばらしい手腕(Twitter Savvy)をお持ちの方なのですけれど(もしくは優秀なスピーチライターをお雇いになっているのかもしれませんが)、さきほども述べましたように、みずからが取りあげた問題に関しての具体的な解決策については、なんとなくお茶をにごすことが多いような印象を受けます。
世界経済フォーラム(WEF)を運営している億万長者の方たちやグローバル企業の創設者 / 所有者 / 株主の方々と、わたしたち一般人とをつなぐ架け橋(public relations)の役割を演じている方のようにも見受けられます。
イーロン・マスクはあくまでもトップ1%の側の方なのですが、もしかしたら、文化人類学が教えてくれる〈トリックスター〉という、ある特定の集団のなかで、その集団がシェアしている常識や約束ごとを、ことば巧みにこわし、古びた権威や秩序からみんなを解き放つ役割をもつ存在なのかもしれません。つまり、とてもそんな重要な役職についている方とはおもえないような「いたずらっぽさ」をまとい、ときに、若い方たちに好まれそうな、トップの立場にいる人とはおもえないような「ちょっぴり過激な意見」を発信したりもする道化役を演じることで、わたしたち一般人に社会や組織のありかたを別の視点からとらえさせる役目を担っている方なのだろうかとおもったりもします。
ですから、読者の方々で、すでに人工知能がもたらす可能性と危険性についての専門的な知識をお持ちの方や、深くお考えになっている方にとっては物足りないかもしれません。
YouTube にアップロードされているタッカー・カールソンのイーロン・マスクへのインタビューの主旨を、わたしなりに意訳させてもらいますと、次のようなものになりました。
タッカー・カールソンとの対談
ふたりの対談はイーロン・マスクの次のことばからはじまります。
「ヒトの知性をはるかに超える能力をそなえているのが人工知能なので、FDA(米国食品医薬品局)や FAA(連邦航空局)のような政府機関を作って監督すべきだとおもいます」
ー政府機関を、ですか?
「はい。じっさいに、わたしは人工知能にたいする規制に関しては、以前からずっとそれを提唱しつづけてきた人間のひとりです。とはいっても自動車会社を創業して経営してきた人間としては、もちろん、政府の規制を受けることがどんなに辛いことで、認可を受けるための手続きがどれほど大変なことかは知っていますし、あまり楽しいことではないことも経験済みです」
ーそれはわかります。
「まずは人工知能に深い見識をもっている方たちのグループを作って、どのようなルールを作ったら良いのかを議論してもらい、最終的には、人々に利益をもたらす人工知能の開発を企業に要請することが大切です」
このイーロン・マスクの危機感にたいしてタッカー・カールソンはつぎのような質問をします。
ーけれども、政府による規制というのは、じっさいになにかが起こったあとで、はじめて議論され、作成され、施行されることがほとんどですよね。たとえば、なんらかの原因によって旅客機が墜落したり、ある種の食べ物に混入していたボツリヌス菌による中毒で多くの人の健康が害されるようなことになったりとか。でもわたしたち一般人が iPhone などを使いながらAIで遊んでいるとき、べつになんの危険も感じないはずですが、あなたのいう〈危険性〉とはいったいどういうものなのですか?
「人工知能の危険性とは、たとえば誤った旅客機のデザインや整備、あるいは不備のある自動車生産工程よりもさらに危険なものだとおもっています。ほとんど文明を破壊(Civilizational Destruction)させるほどに危険なものかもしれません。もちろんその危険性は映画『ターミネーター』で描かれているようなものとはちがいます。人工知能の知性の中枢部はあくまでもデータセンターであり、ロボットというのはたんなる末端の作業道具みたいなものなのですから。とはいっても、あなた(タッカー・カールソン)が、さきほど、質問のなかでおっしゃったように『規制というものはいつも何かとんでもない事が起こった後にはじめて議論されるものだ』というやり方では、人工知能の場合、「時すでに遅し」ということになりかねません。つまり、人工知能によってなにかとんでもないことが起こった後で、それをなんとかするための規制をつくろうとしても、すでに手の打ちようがないからだとおもいます。なぜなら、その時点で、すでに人工知能がすべてをコントロールしているでしょうから」
ーでは、その時点とは、わたしたちがすでに人工知能のスイッチを切ることもできず、あらゆる決定を人工知能が行うということでもあるのですか?
「まったくもってその通りですし、いまのままでは、まさにそっちの方向へまっしぐらに向かっているとしかおもえません」
「ところで、わたしは OpenAI の共同創設者のひとりです。もうひとりは ChatGPT を開発したサム・アルトマンですが、もともと OpenAI は非営利の目的で作られたものです。Google の共同創業者のひとりで元最高経営責任者だったラリー・ペイジと、ちょうどそのころ、カリフォルニア州のパロアルトにある彼の家で人工知能の安全性についての懸念を話したことがあるのですが、彼はそのことについてあまり真剣には受けとめてくれませんでした。
というよりも、どちらかと言えばラリーは〈デジタル・スーパー・インテリジェンス〉というか、ようするに、できるかぎり早く〈デジタルの神〉Digital God を創りだすことのほうが大切だと信じているように見えました。
ー彼はホンキで〈デジタルの神〉のようなものを作ろうと?
「ええ。じっさい、Google の最高経営責任者であったころも、人工知能について、公(おおやけ)に彼自身の意見を述べることはありませんでしたが、Google がじっさいに行ってきたことをみればわかるように、彼らは『ヒトと変わらない思考回路と感性をそなえた人工知能』(Artificial General Intelligence)を創り出すことに努力を惜しまない企業であることにまちがいはありません」
「でも、わたしは新しい技術が生まれようとしているときには、それによってもたらされるであろう利益とともに、それがもたらすかもしれない害悪についても思いめぐらすべきで、ひたすら〈イケイケ〉の姿勢では、はたしてなにが起こるかわからない、と発言したように記憶しています。とにかく、そういう内容の会話でした。そして彼に『きみの言うような Digital God〈デジタルの神〉が誕生したとして、そのとき、われわれ人間の安全は守られるのだろうか?』と問いかけたんです。すると彼はわたしのことを「きみは種差別主義者 / 人類至上主義者(speciest)だ」と呼んだのです」
ーええっ? 種差別主義者(スピーシスト)、ですか?
「ええ。まるで人種差別主義者(racist)や性差別主義者(sexist)が目の前にいるかのように」
ーほんとうにそのことばを使ったのですね?
「はい。もちろんわたしは『ああ、たしかにぼくは人類至上主義者だよ。だったら、きみはいったい何なんだい?』と問い返してやりましたよ」
「ところで、Google が DeepMind(ディープマインド)を買収したとき、人工知能に関するもっとも優れた知識と技術と才能をもった人材を手に入れたのですが、それはIT業界のなかで見た場合、AIに関するトップクラスの逸材(タレント)の4分の3をいっきに独占するかたちになりました」
ーそうなると、たったひとつの巨大企業が、人工知能に関するすべてを独占することにもなりかねませんね。
「そうなんです。お金の流れにおいても、人材においても、またサービスにおいても、ほとんど独り占めする(monopolize)ことになるのです。しかもラリーは人工知能の安全性については無頓着(むとんちゃく)ですから、彼のGoogle がやろうとしていた閉じられたシステムとは真反対に、非営利で、しかも完全にオープンソースなAIを人々みんなに提供しなければいけない、と考えて作ったのが OpenAI なのです。とにかく、いちばん大切なのは〈透明性〉があるかないかということだとおもいました。つぎに、ひたすら利益を増やすことばかりをめざすような〈利益拡大主義の悪魔〉(profit-chasing demon from Hell)にはなりたくなかったからです。なにしろ利益拡大主義には終わりがないですから」
ーたしかに。
「もしも、人間を超える知性をそなえたAIが、人間以上に文章を書くのが上手になり、ひとびとの考えや好みや感性を、いままで集められてきた膨大なデータ(Big Data)のなかから瞬時に学び、ありとあらゆるソーシャルメディアに侵入してきて、たとえば Twitter (現在はX)や Facebook や Tiktok や Podcast などで人間のインフルエンサーをはるかに超えるインフルエンサーとしてふるまいはじめたとしたら、いったいどういうことになるでしょう」
ーおそらく、わたしたちは、その人物が、正真正銘の人間なのか、それとも人工知能がつくりだしたイメージキャラクターなのか、それを確かめることすらできないかもしれませんね。
「そのとおりです。昔から『ペンは剣よりも強し』と言われてきましたが、まさにその通りの状況が生まれようとしています。ただし、これから先の世界では、われわれ一般人の考えに大きな影響をあたえ、その意見をあやつっているのが、作家でも思想家でも政治家でもなく、AIということにもなりかねません」
【注】イーロン・マスクがこのような懸念をもっているのは、もしかしたら、ある特定の政治団体や企業にとって好ましいとおもわれる意見は上位に来るようにしつつ、好ましくないと思われる意見は、それがたとえ事実であっても、ひとびとの目に触れさせないようにするということが、コロナ禍の2年間、Twitter や Facebook や YouTube などのソーシャルメディアにおいて、検索結果に影響をあたえるアルゴリズムを操作することで、じっさいにおこなわれていたという証拠をふまえた上でのことなのかもしれません。彼はご存知のように Twitter を買収した本人ですし、表現の自由( Free Speech )を推進する億万長者だ、と騒がれてもいましたから。
ーそれにくわえて、AIは嘘をついたりもしませんか?
「ええ。じじつ、AIに嘘をつくようにトレーニングさせることもできます。ある種のコメントはひろめて、べつのコメントはおさえつけるということもかんたんにできます。それをわたしは恐れているのです」
ー民主主義にたいする脅威にもなるということですね?
「なにしろ、現在、DeepMind のGoogle と、すでにオープンソースではなくなった OpenAI はマイクロソフトと手を組もうとしています。そして、この〈Google〉vs〈マイクロソフト+ OpenAI〉というふたつの巨大企業が、人工知能に関しても二大巨頭となりつつあるのです。このふたつともが、知識と情報とコミュニケーションをつかさどるIT業界(アリーナ)においては圧倒的な影響力をもつ組織(ヘヴィーウェイト)であり、また、IT業界を独占的に支配できる経済的腕力をもっており、そのふたつともが、いま、さらなる利益を追い求めて人工知能の研究・開発に精力をそそぎこんでいるのです」
ーとなると、そのどちらでもない第3の選択肢が必要となるのではないですか?
「そう思います。たしかに、わたしの場合、出足はかなり遅れてしまいましたけれど、なんとか第3の選択肢をつくれないかと、いま、検討しているところです。ひとびとに危害をくわえるような人工知能ではなくて、より良く人類に貢献できるタイプのAIを開発しようとはおもっています」
ーそれは可能なのですか?
「残念ながら、いまのこの時点では、じっさいにヒトのためになるものを作れるのかどうか、はっきりとは言えないし、わからないのです。もしも、たとえば、できあがった人工知能が『政治的に正しく、差別や偏見のないもの』であるかのように誰かがその人工知能に学ばせたとします。それは、別の見方をすれば、『こういう場合はそうでなければいけない。偏見があってはいけない』という〈AIトレイナー〉自身の偏見がまじっているということでもあり、そのようなトレーニングを受けた人工知能は、それなりに〈かたよって〉いるともいえるわけです。つまり、ある立場をつらぬくために、ウソをホントと言わなければいけないようなことにもなりかねません。とすれば、けっきょく、人工知能がもたらすディストピア(希望なき世界)のシナリオにもどってしまいます。ヒトをあざむくタイプの人工知能こそが、そういうディストピア(悪夢の世界)をもたらすのですから」
「とは言っても、いま現在、人工知能は絵を描くことができ、動画をつくることもできます。そういう美しい才能もあるわけです」
ーおっしゃるとおり、たしかに〈美〉を生み出す能力もあるかもしれませんけれど、別の角度から画像生成AIを見た場合、人工知能はある人物に〈なりすます〉こともできるということですよね。本人そっくりの写真を作り出すことができるわけですから。また、AI音声生成機能をつかえば、だれかの声をそっくりまねることすらできます。ということは、現実にいる人をそっくりまねて、もうひとつ別のだれかに作り替えることができるということでもあります。じっさいのだれかをもとにして別のだれかに擬態(ミミック)することができる、とでも言えばいいのでしょうか。そうなると、たとえば、刑事事件の裁判などにおいて、提出された物的証拠などが、はたして信頼にあたいするものなのかどうかを判断するのが、ひどくむつかしくなりませんか? そして、もし、そういうことが現実的に可能になったとしたら、わたしたちが作りあげてきたこの社会制度や法令などに、さまざまな混乱をもたらす引き金にもなりかねないのではないでしょうか?
「あなた(タッカー・カールソン)の質問と懸念にたいする答えはふたつあります。ひとつは、わたしたちは、自分たち人類の運命を、みずからの手で切り開いていくつもりなのか、それとも人工知能にゆだねたいのか。もうひとつは、わたしたちは、いままで歩んできた過去よりもさらにすばらしい未来をつくりあげたいのか。このふたつにつきます」
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