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  • 執筆者の写真香月葉子

クラシックバレエと舞踏(Butoh)とストリートダンス | Part 4

更新日:4月6日


クラシックバレエと舞踏(ぶとう)とアニメーションダンス



空へ舞い上がりたいvs大地を踏みしめたい


 クラシックバレエの追いもとめているのは〈重力からの解放〉なのだそうです。


〈空へ舞い上がりたい〉という願いがクラシックバレエのハートの奥にはひそんでいて、そのために、クラシックバレエ独特の、あの軽やかな身体表現が生まれたのだと考えられています。


 まるで大地を踏みしめることを拒んでいるかのような……。

 わたしの場合、いまだに、夜に見る夢のなかで、空へ舞いあがろうとすることはしょっちゅうですけれども、その願いがかなえられることはめったにありません。


 ルネサンス時代のレオナルド・ダ・ヴィンチが多く残している飛行機械(Flying Machine)のスケッチにも、風に浮いた鳥たちをながめながら、飛ぶことにあこがれた若者の夢がこめられています。


同じように、自分の体を、内からも外からも自由自在にコントロールすることをめざしてきたダンサーたちが、鳥になりたい、という夢を抱かなかったはずがありません。

 YouTube で『4羽の白鳥たちの踊り』や永久メイ(May Nagahisa)の重力を感じさせないシャープでしかもエレガントな踊りをごらんなったら、すぐにおわかりになるとおもいます。


 もともと、バレリーナの方たちにとって、ステージとの接地面積といえば、トーシューズをはいて、つま先立ち(ポアント)したときの広さしかありません。

 猫の額のほうがうんと広いくらいです。


バレリーナの命、トーシューズ

 しかも、つま先立ちで、フラミンゴいそしぎ(sandpiper)のように優美で軽やかで敏捷(びんしょう)な足取りで歩きまわったり跳びはねたりしなければいけないのですから、心身ともにたいへん過酷(かこく)な修練を積まなければいけない芸術のひとつです。


 跳び上がったときの滞空時間の長さを褒(ほ)めたたえるのもクラシックバレエならではだとおもいます。


 スキーのジャンプで滞空時間が注目されるのは、あくまでもその長さが飛距離に関係してくるからでしょうし……。


鳥は卵から抜け出ようとする……


 たしか1988年の秋ころだったようにおもいますが、ぐうぜんにも、伝説的なバレエダンサー(バレリーノ)のルドルフ・ヌレエフ(Rudolf Nureyev)といっしょにお仕事をなさっていたロバート・トレイシー(Robert Tracy)という方と会話をかわす機会をもてました。


 シカゴ大学のシェルバーン学生寮から5分ほど歩いたところにあった和食レストランのカウンター席でのことでした。


 お寿司をいただいているときに、となりに腰かけていた彼のほうから話しかけてこられたのです。


 知的でシリアスなふんいきをまとったハンサムな方でした。


 きっかけはおぼえていません。


 ヌレエフの友人でありプロデューサーであり振付師であり、また恋人でもあった(これは後年わかったことです)ロバート・トレイシーさんは、40分近く、さまざまな話題にふれながら、わたしのつたない英語にも忍耐強くつきあってくださいました。


 その会話のなかで、とくに鮮やかに記憶に残っていることばがあります。


「ヌレエフはいつもぼくにこんなことを言うんですよ。『昨日までの自分は、あの真っ黒なビニールの死体収納袋に閉じこめられているのと同じさ。その袋を内側から突き破って外へ出なければ今日の自分はいないんだ。毎日、毎日、技術に磨きをかけ、毎日、毎日、新しい自分をつくりだすことに挑戦しなければ、そもそもバレエを踊る意味なんてないさ』だってね。真っ黒な死体収納袋のなかで、もがき苦しみつつ、手や足や胴体を曲げたりひねったり伸ばしたりすることで、なんとかそのビニール袋を突き破って外へ出ようとするイメージを浮かべてほしいんです。それがぼくの知っているヌレエフなんです」


ルドルフ・ヌレエフ

 そのエピソードを耳にしたとき、ヘルマン・ヘッセが『デミアン』という作品のなかに残した、あの有名なことばを思い出してしまいました。


「鳥は卵からむりやり抜け出ようとする。その卵は世界だ。生まれようとする者は、ひとつの世界を破壊しなければいけない」


理性の踊りvs情念の踊り


 ところで、クラシックバレエ界の異端児というラベルを貼られ、不良青年っぽいタトゥー(Tattoo)で裸身を飾っているセルゲイ・ポルニン(Sergei Polunin)も、彼の踊り方そのものは、クラシックバレエが抱いてきた願いにあふれています。


 つまり〈重力からの脱出〉をなしとげたい、といった野望に満ちあふれているのです。


 それとは対照的に、舞踏(Butoh)がめざしているのは〈重力との対話〉だと考えられているようです。


 じっさい、クラシックバレエが大地からの飛翔を夢見てきたのとは逆に、日本が生み出した舞踏(Butoh)は、〈大地への回帰〉とも言えるような動作が多く使われています。


 つま先立ちどころか、足裏をべったりとステージにおしつけ、腰を低めて、ガニ股になり、田植えや盆踊りの動作をとりいれたりもしています。


舞踏グループ『山海塾』の舞台

 満足に歩くことすらできないような奇形的な身体表現を使うことで、羊水(ようすい)のなかでもがいている胎児を連想させることもありますし、両手の指をワシやハゲタカの鉤爪(かぎづめ)のように折り曲げたり、浮世絵師の写楽が描いた役者絵のような手指を表現したりすることで、西洋のクラシックバレエとはまるでちがう独創的な世界をつくりだしています。


 日本人の体型的特徴をフルに活用している踊りであることはたしかでしょう。


 ただ、西洋の古典的バレエの様式を〈意識的〉にしりぞけて、足裏をべったりとフロアにつけて踊るバレエは、20世紀初頭にもありました。


 1912年にパリで初演されたドビュッシーの作曲による『牧神の午後への前奏曲』にヴァーツラフ・ニジンスキー(Vaslav Nijinsky)がふりつけしたバレエがそうでした。


 いちど見たら忘れることのできない両手のポーズは、まるで古代エジプトの壁画をながめているかのようです。


ヴァーツラフ・ニジンスキー

 しかも、ダンサーは舞台にべったりと足裏をくっつけ、まるで2次元という平面の世界にとじこめられてしまったかのように、左右にだけ移動し、横顔は見せますが、舞台正面の観客席を向くことはしません。


 画期的というよりも、ほとんど革命的だったとおもいます。


 そのことだけでも驚くべきことだったのに、おしまいには、ニンフの落としたヴェールを股間にあてがいながら、あきらかに自慰行為(マスターベーション)だとわかる演技で幕を閉じるという展開に、当時は、拍手にまじってブーインングも起こったようです。


 作曲家ドビュッシーと古典的バレエの両方にたいする冒涜(ぼうとく)だ、と批判されてもしかたのないほど、当時ではほんとうに革新的なバレエだったのにちがいありません。


 この『牧神の午後……』がモダンダンスの元祖だと言われているそうですが、おなじくモダンダンスの創始者と呼ばれ、映画『裸足のイサドラ』でわたしたち一般人にも知られるようになったイサドラ・ダンカン(米語での発音はアイサドラ・ダンカンに聞こえます)は、ニジンスキーのパリ公演よりも12年も前の1900年に新たな世紀のための新たなダンスを披露(ひろう)しています。


裸足で踊ることで、自然とひとつになる、つまり大地とひとつになる、という考えをもって新しい時代のダンスをつくりあげた強い意志と勇気をもちつづけた女性です。

モダンダンスの創始者イサドラ・ダンカン

 これにくらべたら、1980年代にマドンナが何十万人という観客の前で披露(ひろう)した女性のオナニーのシミュレーション演技は、時代というものを考慮にいれると、それほど衝撃的(sensational)とは言えなかったのかもしれません。


 ただ、その演技のせいで、あやうく逮捕されるところだったという彼女の勇気(bravery)のほうが、はるかに衝撃的(thrilling)だったことはたしかですけれど……。


 話をもとにもどしますと、クラシックバレエは理論的な理性によって成りたっているもので、反対に、日本の舞踏は情念による踊りだとも言われています。


 でも、クラシックバレエも舞踏も、ヒトが日々の生活のなかで習得(しゅうとく)してきた所作(しょさ)やマナーを、それぞれ独自の方法でとりいれている、ということには変わりがないとおもいます。


 もちろん、一方には、ダンスと同じように、古代からの長い歴史をもつ演劇がありますので、生活のなかで自然に身につけた動作をそのまま舞台で使うのはためらわれたのかもしれません。


 あるときは象徴的に、あるときは抽象的なまでに、さまざまな動作を純化して踊りに取りいれながら、演劇とのいっそうの差別化を図ったのではないかとおもわれます。


 とは言っても、もともと踊りは、祭りごとや政りごと、つまり祭儀(さいぎ)や政治とは切っても切り離せないものです。


 オリンピックの開会式や閉会式でもそうですし、アメリカンフットボールにおけるチアリーダーたちの役割、また、さまざまなパレードや運動会におけるバトンガールの存在でもおわかりのように、〈まつりごと〉(祭りごと/政りごと)には神さまや統治者の前で踊りを披露する人たちが必要になります。


祭儀は、ある共同体の理性と情念を共有するための場所と時間を提供するものですし、天と地とをつなぐためのものでもあります。

 かんたんに言ってしまえば、支配する者たちの〈気を引く〉ためのものでもあります。


 一滴も雨を降らせてくれない神さまの気をひいて、なんとか雨を降らせてもらおうと願うときにも、ヒトはダンサーを必要としますし、踊りを利用してきました。


 つまり、舞踊とは、それぞれの集落の、または村々の、もしくは国々が抱いている信仰というものとも深くつながっているものでしょう。


 みなさんもご存知のように、盆踊りと神社は切っても切り離せないものですし……。


 そういう祭儀において、ある共同体がいだいている願いや悲しみや痛みや苦しみや歓びを、身体の動作によって、なんとか表現しようとした〈努力のたまもの〉が踊りなのではないかとおもいます。


 それだけに演劇にくらべるとよりいっそう抽象的なものだと言えるかもしれません。


文学でいう詩が舞踊だとすれば、散文は演劇といってもいいのかもしれませんね。

 ただ、クラシックバレエと舞踏では、願いを表現するときのプロセスにちがいがあるだけなのかもしれません。


 すこし乱暴な言い方かもしれませんけれども、〈芸術〉と呼ばれているものは、絵画にしても彫刻にしても音楽にしても映画(芸術と言えるのかどうかわかりませんけれど)にしても、時間と空間にたいしてどのような身の処し方をするのか、また、作品のなかの時間と空間をどのように処理するのか、という問いと答えにつきるような気がしています。


 ですから、あまり〈西洋的な理性vs日本的な情念〉という比較そのものには興味をひかれません。


 もともと知性とか情念とか意志というものに国境はないとおもいます。


「ある国民だけが持つユニークな特質」というたぐいの話がはじまると、なぜか体がかたくなってしまいます。


 身がまえてしまうのです。


 ひとりびとり、ヒトはそれぞれちがうもの(Individual Difference)だとおもっているからです。


 それが国ともなれば、たいへんな数のヒトで出来上がっているわけですから、たとえば、パリで生まれ育った方が考えるパリジャン的なエスプリを、大阪の下町で育った日本人の知り合いのなかに発見したり、日本で育ったわたしたちが感じる義理人情を、アメリカの片田舎で知りあったアメリカ人のなかに見出したり、それはさまざま起こりえることだとおもいます。


 アメリカ人はこうだ、とか、フランス人はこうだ、とか、おへそにピアスが光っている女の子はこうだ、とか、アニメ好きの40代の男性はこうだ、というふうに、ある個人の好みでしかないものを、そのままそのグループ全体の特徴としてひとくくりにするときには(overgeneralization)、ただそうするほうが簡単でわかりやすくて深く考えることもいらないから、という〈ナマケモノの効率論〉が働いているのかもしれませんし、ある特定の会社や国を「あの会社はもともとそういう会社なのだ」とか「あの国はもとからそういう国なのだ」と批判したり褒めたたえたりすることの裏には、なんとなくビジネスや政治の思惑が入り乱れていそうですし、また、そういうことばやイメージにだまされるときには、わたしの心の奥底にひそんでいた憧憬(どうけい)や軽蔑(けいべつ)や怨恨(えんこん)を刺激されたためかもしれなくて、いつのまにか、わたし自身のモノの見方までもがゆがんでしまうことが多いため、それとなく注意をするようにしています。


 そんな比較論はひとまずクローゼットにしまいこんで、それよりも、伝統的クラシックバレエと舞踏をひとつに融合(Fusion)させ、しかも新たな様式を体系的にそなえた舞踊(ぶよう)をつくりだすひとがあらわれるのを、わたしは心からたのしみにしています。


世界にはステキなダンスがいっぱい


 とにかく、クラシックバレエと舞踏の比較論よりも、ロボットダンスダブステップ・ダンス(Dubstep Dance)が、時間と空間をゆがめてしまうかのような目の錯覚(さっかく)をもたらすところが面白くてしかたがありません。


 9年ほど前に、Nonstopこと Marquese Scott(マーキューズ・スコット)や Bluprint(ブループリント:blueからeが抜けていることに注意)、Popping John(ポッピング・ジョン)や、ユーモラスで、かつストリートダンスのほとんど全てのジャンルをこなすスーパーテクニックの持ち主 Les Twins(レ・トゥインズ)、そして彼らの血族ともおもわれる Skitzo(スキゾ)などのYouTubeビデオをむさぼるように見はじめたのは、たぶんそういうことだったのだとおもいます。


 エッシャーのだまし絵をながめたときのように、ふしぎな目の錯覚(illusion)を味わわせてくれるダンスに夢中になっていました。


 とつぜんスローモーションになったり、フィルムで撮影された映画のコマ落とし映像を見ているかのように手足がカクカクと動いたり(いまでは動画編集ソフトで作れるようですけれど)、スケートをはいて氷上をすべっているかのように移動したり、見えないガラスの壁にとじこめられたようなパントマイムがはじまったりするのですから……。


 とくに Bluprint のアニメーション・ダンスは粘土細工のキャラクターを使って作られた『ウォレスとグルミット』のようなストップ・モーション・アニメーションを見ているようで、まさに魔法(illusion)です。


 そして、わたしの場合、魔法を見たいという気持ちが、おそらく子供たちと同じくらいに強いので、どうしようもありません。


 ところで、ダブステップ・ダンスでよく使われる波(Wave)と呼ばれる動作は、わたしの好きなダンサーのひとりで、中国の雲南省出身の舞踊家ヤン・リーピン(楊麗萍:Yang Li-ping)が、1971年というはるか昔に、気品にあふれた美麗な『孔雀の精霊』(The Soul of Peacock)という演目の作品のなかで、繊細かつ正確きわまりないスキルによって見せてくれています。


 ヤン・リーピンはおそらく伝統的クラシックバレエの代表作『白鳥の湖』のなかの『瀕死の白鳥』(The Dying Swan)で使われる ウェイヴの動作にたいして、孔雀の踊りによって、東洋独特のウェイヴをつくりだしたかったのではないでしょうか。

 そんな気がしてなりません。


『孔雀の精霊』を踊るヤン・リーピン

 たとえばベリーダンサー(Tribal Belly Dancer)のヤーナ・〈クレムシュカ〉・クレムネーヴァ(Yana “Kremushka” Kremneva)の踊りをごらんになったらわかることなのですけれど、ダブステップ・ダンスで使われているクネクネ動作〈wave〉や、体のほかの部分は動いているのに頭や腕などの一部だけが止まって見える動作〈isolation〉や、ビデオカセットテープをなんども巻きもどすかのように同じ動作がくりかえされる〈twitch〉や、体がブルブルと激しくふるえる動作〈vibration〉や、胸やおなかなどがポンと飛び出すように見える動作〈popping〉や、文字通りのスローモーション〈slow-mo〉などはすべて使われています。


 つまり、ストリートダンスから派生したダブステップ・ダンスで使われるスキルと、もとから伝統芸術のなかにあったダンスの動き(dance moves)とがまじりあっているとしかおもえません。

 ただ、呼び名がちがうだけで……。


 たとえばベリーダンサーたちにとって〈ウェイヴ〉そっくりの動作は〈スネーク・ダンス〉と呼ばれています。


 古代エジプトでは蛇は神の使いであったり悪魔の化身であったり、さまざまな象徴に彩られていました。


蛇は原初の水から産まれた生き物だと考えられていたようで、蛇行する川そのものが蛇の象徴でもあったようですから、波と蛇も、それほど無関係ではないのかもしれませんね。

 とにかく、スネーク・ダンスは、同性のわたしから見ても、ほんとうにドキドキして、目尻や耳たぶが熱をおびてくるくらいにセクシーです。


トライバル・フュージョン・ベリーダンサー

 ヤン・リーピンの『孔雀の精霊』にも通じる美しいベリーダンスのウェイヴを、ごゆっくりごらんになってください。


 ところで、2014年以降からトライバル・フュージョン・ベリーダンス(Tribal Fusion Belly Dance)を踊る方たちのビデオが YouTube にたびたびアップロードされるようになりました。


 トライバル・フュージョン・ベリーダンスは、民族舞踊のひとつであるベリーダンスに、アメリカのキャバレーなどで見られるベリーダンスを混ぜあわせ、そこへさらにベリーダンス発祥の地であるエジプトやアラブなどの伝統的ダンスを取りいれただけではなく、ヒップホップ・ダンス、ポッピング、ダブステップ・ダンス、そしてアニメーション・ダンスなどをも融合しながら進化しているダンスのひとつです。


いまや、異文化との接触と混淆(こんこう)は、戦争による〈侵略〉と〈征服〉によってもたらされるものではなくて、YouTubeやTiktokによってもたらされるのかもしれませんね。

 トライバル・フュージョン・ベリーダンスのためのフェスティバルも多くひらかれていますし、ベリーダンスに使用される曲も異国情緒(エキゾティック)にあふれたものばかりではなくて、わたしたちの耳になじみやすいコンテンポラリーな曲が使われたりもしています。


 長い歴史をもつベリーダンスという舞踊と、まだ産声をあげたばかりのダブステップ・ダンスが抱きあうとき、これからの踊りの世界に新たな伝統が生まれるかもしれません。


ストリートはダンスフロア : ストリートがステージ


 ロッキングやヒップホップダンスからブレイクダンスが生まれて、ロボットダンスやダブステップ・ダンスやアニメーションダンスへと進化をとげてきたのですが、すべてはストリートダンスの世界でのことです。


 ストリートダンスは、いまこの瞬間にも、世界中のどこかの街の片隅の、歩道や駐車場や公園やモールや地下道などで、新たに生み出されているものです。


 だれかが踊っているのを、ふと足をとめて見たあと、印象に残ったテクニックをコピーし、それに自分独自の動きをつけくわえたり、別のダンサーから学んだテクニックをくっつけて進化させたりしていくうちに、その表現方法(idiom)が仲間たちから認められはじめて、新しいストリートダンスの様式(style)になっていったのでしょう。


 その新たなストリートダンスが、ふたたびだれかによって継承され、変化を受けながら進化していき……というふうにして、そのサイクルをくりかえしていくのは、音楽や絵画や文学だけではなくて、わたしたちの歴史そのものが、独創➡︎模倣➡︎洗練➡︎温存➡︎変革をくりかえしながら進化してきたし、進化しているし、これからも進化していくのと、そんなに変わりはないとおもわれます。


 ダンスも、ほかの芸術(art)や技術(engineering)とおなじように、さまざまな道すじを通って、あるものは残り、あるものは消え去っていくものなのでしょうけれども、そのいちばんの底にある、もっとも大切なものは「踊りたい」という願望ではないでしょうか。


「踊りたい」という強い思い、これがいちばん大切なもの(essential things)のひとつだとおもいます。

 絵を描くためには、そのための道具が必要です。それなりの技術も必要です。けれども、いちばん大切なことは「描きたい」という強い思いではないでしょうか。その思いが「描く」という行為につながるのです。その強い思いが「絵」を生み出す原動力になるのです。そして、もしかしたら、その思いはすでに「絵」そのものなのかもしれません。


 みんなが踊っているのを見ていたら「自然と体が動きはじめた」という表現がありますけれど、それはわたしたち自身が気づいていない、わたしたちの心の奥底からわきあがってくる「踊りたい」という強い思いのあらわれだとおもっています。


 つまり、誰かを好きになったときに感じる、あの、どうしても論理的に説明できない強い思いと変わらないのかもしれません。


 そして、ストリートダンスの場合は、その願望がもっとも強く純粋に表現されているようにみえます。


 でも、そのせいで、洗練されていない原始的で幼稚な踊りの一種だとみなされることもあるでしょう。


 なぜなら、クラシックバレエ(classical ballet / academic dance)のように、バレエを踊るひとびとに共通するような、はっきりとした様式美をそなえているわけではありませんし、また、ロイヤルメソッドやボリショイメソッドやオペラ座メソッドなど、はっきりとした流派のようなものがあって、その歴史とテクニックが、それぞれの学校で教えているバレエ教師によって伝えられ、教則本や専門書のかたちで残され、町々のバレエ学校やバレエ教室を通して受けつがれていくわけではないからです。


 それだけに、ストリートダンスは、踊りが生まれる瞬間の心と体に忠実で、ある意味「純粋」な踊りの一種にちがいありません。


 ただし、ストリートダンスのなかでも、ロボットダンスやダブステップ・ダンスは、舞台で演じるのには、すこしばかりムリがあるようにおもえるのです。


 かんたんに言わせていただくと、ゴージャスに舞台全体を使いこなすのは、かなりむつかしいはずなのです。


 なぜなら、ロボットダンスやダブステップ・ダンスをごらんになったらおわかりでしょうけれど、あれはそもそも、ひとり、もしくは2、3人で踊るためのダンスですし、もともと、歩道の片すみや駐車場の隅っこなどで踊られていたもので、歩道からはみだしてしまうと交通事故の犠牲者になるかもしれない、というような狭い環境で踊られてきたものなのですから、移動範囲が狭く、舞台というような広々した空間では、なにをどうしても派手な見せ物にはなりません。


 あの広さを活用して埋めつくすのは、ちょっぴりむつかしいことのようにおもえます。


 また、その動きにしても、ちいさな指先の動き(タットのように)にいたるまで、かなり複雑でハイレベルといわれているだけに、こまかいところにまで目がいかなくては、そのスキルの醍醐味(だいごみ)を味わうことができないらしいのです。


 つまり、素人の聴衆向けではなくて、自分でもある程度ダンスをなさっているような方でないと、その〈スゴさ〉を理解するのがむつかしいようなのです。


つまり、ロボットダンスやダブステップ・ダンス、そしてアニメーション・ダンスなどについて言えば、ただ見ていて〈おもしろい〉と感じるわたしのような素人レベルと、いまの動きは信じられないくらいにすごいスキルによるものだ、と理解できる目をもった方たちとのあいだには、札幌-博多間くらいのへだたりがあるようです。

 あのようなダンスを100%楽しむためには、それなりに目を養わなければいけないのかもしれません。


 そういう意味では、聴く耳を養っていなければ、演奏家がそれぞれ勝手気ままに演奏しているようにしか聞こえない、とよく言われるジャズに近いものかもしれません。


 なにごとにおいても、一般人のわたしの目には〈スゴい〉と感じられるものと、その道のプロの方たちから見て〈スゴい〉ものとはすこしちがうようです。


 そんなわたしの目にもハイレベルでイカした感じ(70年代に流行した死語です)の踊りに見えるのが、歌謡曲やポップスなどを背後からささえているバックアップダンスです。


 モダンバレエとジャズダンスの柱を融合させてできあがったものに、さまざまな踊りがくわわってできあがったものだと考えられます。


 たとえば三浦大知にみられるメリハリのあるダンスや、前にも紹介させてもらったリア・キム(Lia Kim)の1 Million Dance Studioのダンスなどがそれです。


 この様式のダンスは1961年に公開された映画『ウェストサイド物語』(West Side Story)によって世界中にひろまりました。


『ウエストサイド物語』(1961年)の主人公役ジョージ・チャキリス

 つまり、モダンバレエとジャズダンスという大きな柱をベースにして、当時のストリートダンスやラテン系のマンボなどを取り入れた踊りがもとになって、さまざまな国々でそれぞれ独自に進化してきたものが、わたしたちの目になじみやすいメジャーなダンスになったのでしょう。


 舞台(stage)の広さをもろともせずに、大人数で、メリハリのきいた、いまどきのことばを使わせていただくと〈キレキレダンス〉を披露してくれます。


 古いことばでいう〈緩急自在〉というものですね。


動きと停止、すばやさとゆるさ、など、それぞれ相反する要素をうまくまぜあわせながら、カッコいい〈coolな〉ダンスを見せてくれます。

 それにくらべると、ロボットダンスやダブステップ・ダンスは、派手さもなく、移動距離も短いため、まさに街角の大道芸(street performance)と同じようなマイナーなあつかいを受けてもしかたがないのかもしれませんが、これを書くために、ひさしぶりに、ダブステップ・ダンスやアニメーション・ダンスを見てみると、いつのまにか芸術的と呼べるレベルにまで進化しているような気がしてならないのです。


 これを読んでくださっている方たちのなかに、プロのダンサーや先生方がおられたら、ぜひチェックしていただきたいと思います。


 たとえば、アニソン(アニメ作品の主題歌)の場合、楽曲によって、それぞれテンポ(BPM)の速さにちがいはありますけれど、拍子のほうに注意をむけて耳をすませてみると、ほとんどの曲はその基本がワン・ツー、ワン・ツーという2拍子でできあがっていて、しかも拍子の頭に強拍のある〈行進曲〉にも似た作りだということがわかります。


 つまり、わたしのような素人でも、行進しているときのように足と手を交互にイチ・ニ、イチ・ニと動かすだけで音に乗れますし、コンサート会場でペンライトを振るのもかんたんなのですけれども、ダブステップ・ダンスで使用されているような楽曲になると、もちろんダブステップなのですから3連符が多用されているのはとうぜんなのですけれど、どういう曲なのか全体像をつかむことすらできなくて、こんな曲に合わせてよく踊れるものだと感心させられてしまうとともに、こんな曲で踊るのがほんとうに楽しいのかしら、とふしぎに感じたりもします。


 そんなダブステップ・ダンスとは反対に、2024年のパリ・オリンピックから競技のひとつにもなるブレイクダンスは、ほとんど体操の床運動と変わらないほど、いいえ、それ以上だとおもえるくらい高度にアスレチックな踊りへと進化をとげました。


 わたしが目撃した1980年代のB-boyたちがそのニュースを知ったら、年老いた顔に目を輝かせながらニヤッと不敵な笑みをうかべたことでしょう。


ダンスのはじまりは誰かを好きになるのと同じ


 去年あたりから、わたしは、2014年にマルキューズ・スコットの流れから知ることになったディット(Dytto)というダンサーのビデオを、ふたたび見はじめています。


 とぎれとぎれでしたけれども、8年近くも追いかけてきたのだとおもうと、感慨深いものがあります。


 当時は、ダブステップ・ダンスを踊りたい女の子がいるなんてふしぎでしかたがなかった、というのが正直な気持ちでした。


女らしさを表現するにはほど遠いダンスという印象がつよかったからです。

 バービー人形が命を吹きこまれたというストーリーの『Barbie』というロボットダンスでデビューをした女の子なのですが、わたし好みの顔つき胸のふくらみと、なによりもあのヤンチャ目線おねだり視線に負けて(当時のものではなくて最近アップロードされたビデオを紹介させてもらっています)、ついつい〈登録〉ボタンを押してしまったのがきっかけです。


 彼女はアメリカのティーンズ・ドラマの振りつけもしているらしく、幅広いジャンルのダンスを身につけた女性で、ふつうのタットだけではなくてフィンガータットなども楽しく見させてもらっています。


 あれから8年がたって、Dyttoもいつのまにか大人になったのだとおもうと、いまさらながらに時の流れの無常(むじょう)さを感じないではいられません。



ダンスバトルの相手はいったいだれなの?


 こんなに長いエッセイにつきあってくださった読者の方には心から感謝しています。


『ダンスはバトル』というタイトルで書きはじめました。


 だんだん終わりが見えなくなって、どんどん長くなりました。


 1980年代のはじまりに、バークレー校のキャンパスにやってきて、わたしのすぐ目の前で踊っていたB-boyたちのことが忘れられなかったからです。


 彼らは、だれを相手に、いいえ、なにを相手に闘っていたのでしょうか。


 ここに紹介させてもらったダンサーたち、そしてわたしがまだ知らない数多くのダンサーたちは、踊ることによろこびを見出しているのはとうぜんだとおもいますが、たとえそれを意識していなくても、さまざまな苦痛や不安や苦悩からのがれることのできない、この人生というもの、そして、いつかどこかで、わたしたち全員に、とつぜんおとずれる〈死〉というものにたいしても、闘っているのだとおもいます。


 そのような〈闇〉にたいして闘っているのだとおもいます。


 また、わたしたちが日ごろ気がつかなかった、そういう〈闇〉を表現することで、闇そのものに戦いを挑んでいるような気がしてなりません。


 つまり、わたしたちヒトという生き物に共通の、逃れることのできない心の傷み(heartache)と、この世の現実から受ける痛み(pain)を跳ね返そうとして、踊りつづけてきたし、踊りつづけているのではないかとおもえるのです。


 一流になられた方には、ひとつ、共通していることがあります。


 今回、ひとつ、学ばせていただきました。


一流になった方たちは、自分のしていることを、どこまでも愛しつづけることのできる、そんな情熱の深さと強さをもっていることが一流なのだとおもいました。

 ほかの人の目にはつらい仕事に見えたとしても、もしくは無意味な仕事に感じられても、本人はそれが好きで好きでしかたがないので、なにをどうしてもそれなしでは生きていけないという情熱をもってのぞんでおられます、ですから、そのことについて一流になれるのでしょう。


 とにかく、踊ることは生への参加であり、生への讃歌です。


 その動きには夢とあこがれと願いのエネルギーがつまっているように見うけられます。


 体を動かすことは生きていることの証なのですから、たとえ舞台の上で一時間微動だにしないような屍(しかばね)を演じて『死人舞』と名づけるダンサーが出てきたとしても、それはあくまでも意識的に体を動かさない行為ですし、指一本動かさないための身体的なコントロールとエネルギーが必要であることにおいて、やっぱり生きていることの証明になるはずです。


 リオのカーニヴァルやニューオーリンズのマルディ・グラ(Mardi Gras)や日本の盆踊りをごらんになったら、生のエネルギーがあふれかえっているのがおわかりになるとおもいます。


 死への不安や恐怖に向き合ったとき、生きることの素晴らしさを讃え、生きることへの渇望を高め、愛への願いをかなえるために、わたしたちは、この体を、この肉体を、この身体を、生活のなかで必要とされる動作だけではなく、その束縛から脱して自由になるために、そして恐怖を払いのけるために、そして痛みを乗りこえるために、自由自在に動かすことを夢に見て、それを伝え、それを学んできたのではないかと思います。


 ダンスは生きるための力をあたえてくれるものです。


 クラブやディスコやコンサート会場で体を動かしたときに、みなさんもきっとそうお感じになるとおもいます。


 ダンスは、いま生きている自分の体を愛し、同じように生きているすべての生き物を愛するための力をあたえてくれる『命の光』みたいなものなのではないでしょうか。


 わたしにはそんなふうに見えます。


 もしかしたら、踊っているときのわたしたちは、みんな、きっと〈美しい光の子供たち〉なのかもしれません。







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