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ペレットで育てた九官鳥と肉を与えた九官鳥の成長のちがいがすごすぎ

  • 執筆者の写真: 香月葉子
    香月葉子
  • 8 時間前
  • 読了時間: 7分


 『九ちゃん』と名付けたその九官鳥は、美声で啼くことはできなかったが、母が餌を与えるたびに『かぁ~らぁ~す/なぜなくのぉ/カラスは山にぃ/かぁ~わいい七つの子があるからよぉ』という歌をくりかえし歌ったせいで、飼いはじめて半年くらい経った頃には『カッラァース、ナァゼナクゥー』と一節の一部を口まねするようになった。

 子供の頃のわたしには、それがとても可笑しかったので、くすくす笑うと、さらに『カッラァース、ナァゼナクゥー』とくりかえし啼くのだった。

 まるでわたしの笑いをアンコールの掛け声と勘違いしたかのように。



 なぜこんなことを思い出したかというと、ワインカントリーとして知られるカリフォルニア州のナパで暮らしているときにその『九ちゃん』に再会したような錯覚をおぼえたせいではないだろうか。


 アパートを出てナパ大学へと向かう細道のすぐ近くにはナパ川が流れていて、晴れたおだやかな日には、その向こうに広がる野原からはいつも澄んだ鳥の鳴き声が聞こえてきた。

 鳴いていたのはカラスを小ぶりにしたような黒っぽい鳥で『レッドウイングド・ブラックバード』と呼ばれていた。

 肩のあたりだけが鮮やかな朱色なので、灌木のなかの小枝に止まっていても、すぐに見つけることができた。

 わたしは鳥の声をもっと近くで聴きたくなって、なんどか忍び足で接近したことがある。

 けれども鳥のほうは、まるで自分の声を自慢したいかのように、飛び立とうとする気配すら見せなかった。

 そのカラスを小ぶりにしたような黒い体を見るたびに、子供のころに飼っていた九官鳥を思い出すのだった。


 そもそも、その九官鳥はわたしがせがんで買ってもらった鳥ではなかった。

 父の友人の茶道の先生が九官鳥を欲しがっているのを知った父が、彼女にプレゼントするついでに、わたしにも買ってくれた鳥だった。


 大きめの鳥かごに入れられた生後6ヶ月の黒い鳥を初めて見たとき、オレンジ色の大きなくちばしと黄色の肉垂れが際立っていたので、なんとなく爬虫類的な不気味さを感じ、『わたしにまで買ってくれなくてもよかったのに』と思ったことを記憶している。 

 10歳のわたしにとっては招かざる客だったのだ。

 その黒っぽく艶光りした九官鳥はせわしなく鳥かごの中を動きまわり、いっそうわたしを怖がらせたが、母といっしょに毎日『おはよう』『こんにちわ』と声かけしながら排泄物の掃除などしているうちに、ひと月がすぎたころには、登校前の朝の餌やりが楽しくなっていた。

 わたしを鳥に近づけさせたのは感情ではなく習慣だった。

 

 朝起きて、寝る前に鳥かごにかぶせたおいたカバーを取る。すると九官鳥は『オハヨ~』と朝の一声をあげる。

 その黒光りした鳥のために、まるい緑色のエサをふやかし、ひと粒ずつ手のひらにのせて食べさせるのが、わたしの朝のルーティーンだった。

 九ちゃんが人のことばを真似する技術は日々上達していき、半年がたってカゴから出すようになると、怖がることもなくわたしの手のひらに乗るようになった。



 ある土曜日の夕方だった。

 土曜日の放課後には家から歩いて5分ほどの距離にある数寄屋づくりの家で茶道を習っていたのだが、その日はお点前が終わったあと、他のお弟子さんたちが早めに引きあげたので、久しぶりに居残りをして、わたしとお茶の先生、そして彼女と同居している愛人の年配男性と3人で、到来物の洋菓子を食べることになった。

 お手前で和菓子をいただいたあとなのにもかかわらず、さらに立派な洋菓子を出されたことにわたしはうれしくてしかたがなかった。


 居間にある重厚な木製の台の上には鳥かごがおかれていて、その中にはわたしの父がプレゼントした九官鳥がいた。

 茶の先生がハスキーな声で九官鳥の名前を呼ぶと『オテマエー、チョダイ、イタシマァ~ス』と返してきたので、わたしはおどろかされた。

 その鳴き声が先生の低めのハスキーボイスに似ていたからだ。

「先生の声そっくり。そのまま真似してるみたい」

「面白半分に毎日教えてたらそうなっちゃったのよ。そのまんま覚えたわ。可愛いでしょ」

 そして先生は満足そうにタバコに火をつけた。

 元は大型貨物船の船長だったという先生の愛人は、その大柄な体躯を寝椅子にはべらせて葉巻をふかしていた。



「先生の九官鳥、『勘助』って言うんでしょ? うちの九ちゃんより、うんと大きくなってる。どうして? 半年前に来たとき、ほとんど大きさが変わらなかったのに」

 すると白髪まじりの元船長が「この人がね」と茶の先生のほうへ顎をしゃくった。

「ミンチ肉を食べさせてるせいかもしれないな」

「え、お肉? ね、先生、九官鳥ってお肉を食べるの?」

「もともと九官鳥は雑食なのよ。試しに色々やってみたんだけど、この子はどうもミンチ肉が一番好きみたいね。ペットショップで買ってきたあの緑色の玉はあんまり好まないわ」

「うちの九ちゃんには緑色の玉しかあげたことないけど」

 そこでお茶の先生が「勘助」と名を呼ぶと九官鳥はふたたび『オテマエー、チョダイ、イタシマァ~ス』と返してきた。

「勘助はね、リンゴも好きなのよ。ほら、このケーキも食べるわよ」

 そう言ってお茶の先生は指先でクリームをすくいとり、カゴの格子から九官鳥に食べさせはじめた。

 それを横目でながめながら元船長で愛人の男性がつぶやいた。

「この人はね、勘助が喋るたびに、そんなふうにお肉やお菓子をあげるんだ。褒美のつもりなんだろうけど、どうしたものかね」

 彼は呆れたような顔つきだった。



 わたしは家に帰ると、この話をさっそく母に話した。

「へえ、そうなの。九官鳥もカラスと同じでなんでも食べるのね。カラスがアフリカの草原で動物の死骸に集まってるのをテレビで見たことあるでしょ。腐肉をつつくのよ。九官鳥はカラスとはちがうと思うけど。ま、とにかく、お肉を食べさせてどんどん大きくなったら、もっともっと大きなカゴを買ってあげなくちゃいけなくなるし、お世話が大変になるとおもうわ。排泄物の臭いもきつくなるだろうし、それに、もしカラスみたいに獰猛になったら、困るんじゃないかしら。鷹や鷲みたいに大きくなったら怖いわ。うちの九ちゃんはカラスの子みたいだからかわいくていいわ」

 母はそんなことを話したあと、まるで自分のことばに納得したかのように『かぁ~らぁ~す/なぜなくのぉ/カラスは山にぃ/かぁ~わいい七つの子があるからよぉ』と九ちゃんに向かって歌いだしたのだ。

 そして九ちゃんが『カッラァース、ナァゼナクゥー』とものまねをすると満面に笑みをたたえて喜んだ。


 その母の横顔を見つめながら、わたしはそのとき母から聞かされたカラスの子の話をおもいだしていた気がする。

 ちょうど彼女が9歳になった時に、網元だった彼女の父親が妻と娘6人息子2人を残して病死したという。そのせいで家族はみるみる困窮におちいっていった。その折、漁村の神社に母は彼女の姉や妹たちといっしょにお参りに行ったらしい。その時、神社の大きな樹の下に黒い小さな鳥が横たわっているのを彼女が見つけたのだが、姉や妹たちといっしょに生い茂った周囲の樹々を見まわしても巣は見つからないし、また親や仲間の鳥の気配もなかったため、不憫に思った彼女たちは、倒れていたその黒い小さな鳥を家に持ち帰ることにしたのだという。

 その黒い小さな鳥に目をやった彼女の母親は『これはカラスの子よ。カラスは神様のお使いだから、みんなで大切に手当をしておあげ』と娘たちと息子ふたりをあつめてカラスにまつわる昔話をしてくれたという。

 そのあと家の土間の竈(かまど)の近くの温かい場所に籠をつくってくれたが、その黒い小さな鳥は数日も経たないうちに死に、母は兄妹たちとともに深い悲しみに沈んだのだそうだ。



 その話をしてくれたのは、九ちゃんを買いはじめてまもない頃だった。

 カラスの童謡を九官鳥に向かって歌いはじめた母を、わたしがあまりにも不思議そうな顔つきで見つめるものだから、その思い出を話す気になったのではないかとおもう。

 もしかしたら、九ちゃんは彼女にとって、子供時代に失ったカラスの子の生まれ変わりだったのかもしれない。


 ところで、お茶の先生が飼っていた勘助は、うちの九ちゃんに比べると、ほとんど2倍に近い大きさになったが、わずか3年の短命に終わった。

 九ちゃんは10年生きて、死んだ日に、母は寝込んでしまい、東京で大学生活をしていたわたしに、そのことを父が電話で教えてくれたのを覚えている。





1983年 春 / ナパ




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