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現実政治(レアールポリティーク:Realpolitik)がトランプ政権を滅ぼす

  • 執筆者の写真: 香月葉子
    香月葉子
  • 2 日前
  • 読了時間: 9分

更新日:2 時間前



 ヒトラーが好んだ政治の基本原理は『Realpolitik』(現実政治:レアールポリティーク)でした。


 思想や理想にしがみついたり、道徳や倫理をふりかざしてもしかたがない、それよりも現実的な利害を考慮にいれながら権力を駆使していく政治のカタチがもっとも国益にかなっている。

 これがドイツ語でいうところの『レアールポリティーク』(現実政治)の考え方でした。


 かんたんに言えば理想論にたいして現実論と実用主義を盾に権力を行使する政治のあり方です。


 たとえば「あれはこうあるべきだ」とか「これはこうでなければいけない」という意見にたいして、そんなことを言ってもじっさいにはこうなっているし、こうなってしまったのだから、目をそらすことなくその現実を認めてそこから目標達成のための行動をおこすべきである、という立ち位置です。


 たとえ「これはモラルにささえられている正当性のある考えだ」と言っても、じっさいの「権力」を前にしたときには無力な場合がほとんどなのだから、そういう厳しい事実・現実にしっかりと目を向けて、イデオロギーや理想にしがみつくことをやめなければいけない、という考え方が根っこになっています。

 そうすればしっかりと現実に根をおろした方法で目標を達成できるだろう、という。


 このような考え方ですから、たとえすばらしい理想をお持ちの方でも、この『現実政治:レアールポリティーク』の方法論を使っておられる方から議論をふっかけられると、たいていみなさん敗北してしまいます。


 こうすればよかった、とか、こうあるべきだった、とか、やはりこうでなくてはいけない、という立ち位置の方たちは「そんなことを言っても、今(事実)はこうなっているのだからしかたがないではないか」という立ち位置の方にくらべると脆弱・軟弱に見えてしまうのです。


 ヒトラーも会議のときにはそれをうまく利用してライバルを打ち負かしていたそうです。


 この手の理屈(理論ではありません)には相手の方の意見を一瞬にして『無化』してしまう力があります。


 なぜならこの政治理念の底を流れているのはマキャベリズムでもあるからです。


 そのマキャベリズムとは、ご存知のように、本来は「ヒトという生き物の真の姿を知って冷静に現実を見つめなければいけない」というものでした。


 つまり理想論者にたいする警鐘のひとつだったのです。

 きびしい現実を見つめた目で倫理観を養いなさい、ということだったのです。


 けれども時の流れに乗って変化していく政治思想のなかでもまれているうちに、いつのまにか「目的のためには手段を選ばず」という政治的立場を意味するようになりました。


 マキャベリの生きていたルネサンス期から人類が味わった最初でもっとも残酷な近代戦争だといわれたクリミア戦争に加担したビスマルクへと歴史が移っていくあいだに『君主論』の読み方も変わってきたのでしょう。


 その誤読されたマキャベリズムをさらに尖らせたものがレアールポリティークだと考えることができます。


 つまり道徳や倫理を完全に度外視した言説(ディスコース)でなりたっていますので、モラルや社会的正義などをふりかざしてむかっていっても勝ち目がないのです。



 たとえば、イスラエルのネタニヤフ首相とトランプ大統領は、顔が赤らむほどあからさまにレアールポリティークの理念を利用している方ですけれども、それが国益を考えてのことなのか、もしくは私利私欲のためなのかと問われると、たぶんお墓のなかのマキャベリやビスマルクさんも首をかしげるのではないかとおもわれます。


 なにしろ『レアールポリティーク』のほうは、いまある現実・事実をそのまま自分の目標達成のために利用するという考え方であって、なぜそうなのか、とか、どういう経緯でこうなっているのか、ということには視線を向けないわけですから、見方を変えると、どうしようもなく原始的で暴力的な考え方でもあります。


「愚者は経験から学び、賢者は歴史から学ぶ」という名言があるのにもかかわらず。


① いま現在、あることがそのような状態になっているという事実が、どのような「いきさつ」でそうなったのかという「過去」を無視するということがひとつ。


② また、一見、威勢がよくて、だれと議論しても勝っているかのように見えている立ち位置ではありますけれど、その根本にあるのは、いま現在の状況がそうなっているのだから「しかたがない」という現状にたいする「あきらめ」でもあるので、けっきょくは昔ながらの『日和見主義』に酷似していることがひとつ。


 このふたつが『現実政治:レアールポリティーク』の底を流れているものだと考えられます。


 見方を変えれば、ひたすら現状に屈服する、既存の事実に屈服する、という弱さとずるさと怠慢さがその鉄面皮の裏には隠されています。


 だからこそ懸念しなければいけないことがあります。

 つぎのことです。


 あくまでも、今こうなっているという事実をみとめさせるという言説をふりかざしてくるのがレアールポリティークなので、逆手にとられると、たとえそれが捏造(ねつぞう)された事実だとしても、プロパガンダによってそれを真の出来事のようにひろめさえすれば、ひとびとみんなを説得できる可能性も生まれてきます。


 そういう危険な要素をふくんでいることは無視できません。


 じっさいヒトラーのナチス党が行った国会議事堂放火事件は有名ですけれど、ほかにも盧溝橋事件やトンキン湾事件など、レアールポリティークの理念を逆手にとった戦略によって大きな悲劇的な戦争が始められてきました。

 その歴史的事実から目をそむけることはできません。


 いまでは常識のひとつとなっている偽旗作戦(フォールスフラッグ)も、もとはといえばこの『現実政治:レアールポリティーク』という理念をささえるための具体的な手法のひとつとしてたびたび利用されてきました。


 ここにレアールポリティークの落とし穴があるのです。


 理想や思想を土台にした立ち位置ではなく、現実的な利害を計算しながら政治を行わなくてはいけないという考え方では、その『現実』を把握するための情報(intel)に正確さがもとめられます。


 たとえば、君主の耳に入る情報がまちがっていれば、とうぜん君主の命令と行動はじっさいの現実を反映していないものになるでしょうし、下手をすればみずから墓穴を掘るような結果を招くことになるかもしれません。


 しかも思想にもよらず理想にもよらない政治をめざしているのですから、つぎからつぎへと耳に入ってくる情報にあやまりがあれば、ブレーキの故障した大型トラックのように坂道を暴走していくことになり、だれにもそれを止めることができなくなるでしょう。


 なぜなら坂道を暴走しつつも「君主」は自分の政治的判断と行動は正しい情報から得られた現実認識によってささえられていると信じているでしょうから。


 ところで『現実政治』という立ち位置に関してもうひとつ見えてくるものがあります。


 ある国の元首や、その国家の統治機構がレアールポリティークの考え方を元にした手段に出てくるときは、その国が軍事政権になっているという証にもなりますので、ある意味、状況を把握することが容易になるはずなのです。


 さまざまな「へ理屈」をこねて議論していても仕方がない。

 いまはすでにこういう状況なのだから、ただやるしかない、戦うしかない。


 こういう意見がスポットライトを浴びはじめて、逆に理性的判断や平和的外交が楽屋に押し込められてしまうような状況におちいっているときには、その国は軍国主義をおしすすめているのだと認めるしかありません。


 表向きには民主主義国家の仮面をかむっているかもしれませんが、その素顔は軍事政権にとってかわられた別人なのだと認めるしかありません。


 つまり軍国主義をおしすすめることによって利益を得ることのできるひとびとによってあやつられていると考えるしかありません。


 つまりは武器製造会社や関連企業を所有している財閥や株主や機関投資家の方々がその国の元首もしくは政権の背中を押しているわけです。


 アメリカは長いあいだ「自由・平等・独立」をささえる『民主主義』『人権擁護』という魔法の杖をふりかざしてきました。

 それをふりかざすことでアメリカの支配層に利益をもたらさない国々を批判し、世界最大のメディア帝国によるプロパガンダによって『悪の国家』というイメージをつくりあげ、世界中から孤立させ、経済制裁とCIAの煽動による反政府運動もしくは戦争によってつぶし、代わりに自分たちに都合の良い元首や政府をおいてきました。


 また同時に、アメリカ国内においては、国民を説得するために国家安全保障(ナショナル・セキュリティ)ということばを持ち出しはじめました。


 はじまりは、2001年の9月11日にニューヨーク市のツインタワーに旅客機が激突し、アメリカ同時多発テロ事件として歴史にきざまれることになったころでしょう。


 サウジアラビアの富豪の家に生まれたお坊ちゃまくんウサーマ・ビン・ラーディンがひきいる国際テロ組織アルカーイダによる犯行だとされたのですが、それ以降、アメリカ政府の方針や意向にしたがわない「邪魔者・悪の国」を排除するときにひきあいにだされる理由づけは、対外的にはあいかわらず『民主主義』と『人権擁護』がつかわれていたのですけれど、国内に対しては『国家安全保障』という大義名分をふりかざすようになりました。



 そのうち、2010年代にはいってからは、すべては「国家安全保障」(ナショナル・セキュリティ)にかかわる問題だから、という理由づけひとつで済まされるようになってきました。


 この「国家安全保障」と「レアールポリティーク」とが抱き合ったころから、アメリカは「自由」や「平等」や「人権」や「民主主義」という概念をたんなるリップサービス(口先だけ)の道具とみなすようになり、自国の憲法だけではなく国際法をも無視するようになりました。


 そして世界最大の軍事力をもっている国であることを誇示しつつ世界最悪の『イジメっ子』(bully)として『戦争職人』への道を突っ走るようになったのです。


 ただし現在のアメリカの軍事力が世界最大であることはまちがいないとしても、この21世紀の戦場においてそれが世界最強であるかどうかはわかりません。


 その結果はまさにレアールポリティークがふりかざしている『きびしい現実・事実そのもの』が教えてくれるのではないかとおもいます。






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